役行者正面像の統計的観察
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1.はじめに
 慶長18(1613)年の修験道法度により、修験者は各地の山で修行することを余儀なくされ、それに伴って講(行者講・大峯講)が形成されるに到りました。
 役行者像が祀られたのもこの頃からです。
 愛知県で銘の刻まれた最古のものは享保7(1722)年の造立で、時あたかも第八代将軍徳川吉宗の時代です。
 さて、このような写真もない時代に石工はどう役行者像をイメージして彫り上げたのかが興味深いところです。
 恐らくは修験者に指示を仰いだか、他の像を参考にしたか、絵を参考にしたかの何れかだと想像されます。
 下図の如く、役行者像は他の仏像とは異なり、多彩極まりない表情で作られています。
 果たしてこれらの像の計測による統計が意味のあることなのかどうか。あれば他の方がやっておられるでしょうから、結果はさておき統計的観察を行いました。

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